「虹と雪のバラード」に寄せて

バンクーバー冬季オリンピックが開催中だ。それにあわせてなのか、開幕前にテレビでたまたま 「虹と雪のバラード」の歌が流れているのを聴いた。メロディを聴いた記憶は あったが、よくよく聴いてみると「札幌」「オリンピック」などの歌詞が入っている。 札幌オリンピック用に作られたテーマ曲であることをあとで知った。 さっそくインターネットで調べてみて、歌詞も確認できてメロディも聴くことが できたのだが、いい曲だと思うとともに切ない気持ちにもなる。 恋人ができてわりとすぐの時期に過去の別の女性の話をするというのは 決して好ましくはないのだが、書いておきたい気分になった。
1972年開催の札幌オリンピック。1973年札幌生まれの彼女はまだこの世には いないもののおそらくはその両親は出会っているか交際しているか結婚もすでに していたのかもしれない。いずれにしてもそのオリンピックから少なからず 感動も受け、もしかして直接見聞きもし、「虹と雪のバラード」の旋律・歌詞とともに カップル共通の思い出として胸に強く残っているのだろう。 娘に名づけられた名前は歌詞の中の「美しい街」「あふれる夢」などのフレーズからも もしかして連想されたものなのかもしれない。 そうして生まれ、育った彼女は無類の「札幌へのこだわり」を持った人だった。
「虹と雪のバラード」は、とても清らかな印象があり、そして札幌への強い愛着も 感じさせる。だからというのは非常に乱暴な話なのだが、それに包まれて 生まれ育ったであろう彼女は、ある時期まで純粋で清らかでかわいい普通の 女性だったと思うのだ。いや、違うのかもしれないし、ある意味ではどの人間も そうということで彼女固有の話ではないかもしれないが、この曲を聴くにつけ 僕は勝手にその思いを強くする。
残念ながら、申し訳ないが、現在の彼女には人間性や性格に問題がある。 これは僕が自分の思いを遂げられなかった腹いせで言っていると思われる かもしれないがそうではないし、多少の個人的感情を差し引いても、問題はある。 いや、人間性に問題がなかったとする向きがあったとしても、周囲が苦慮し、 人によってなんとなく敬遠もし、周囲との関係をまずくし、多くの人間が ひざを突き合わせて対応を話し合う一件にまで発展した事実は否めない。 ちなみに添えておくが、一方で現在の彼女自身に尊敬できる部分も多い。
「虹と雪のバラード」を知る前からではあるが、彼女の人間性に問題がある 認識の一方で、彼女はある時期までかわいい普通の女性だっただろうこと、 いや今も表面上隠されているがその一面も持ち合わせていることを、 僕個人は感じ取っていた。なんらかのきっかけで頑丈すぎる鎧をまとうように 生きてしまっているけれど、根はそうじゃないだろうと、僕は感じていた。 現在表立っている問題をもすべてひっくるめて、 全部包んで僕が受け入れるよ、と思った時期もある。 しかし好意は伝われどそこまでを伝えきれなかった。 伝えても僕のところに向かってこなかった可能性は高いけれど、 「そんなに意地を張らなくていい」「がんばりすぎなくていい」「あなたは一人じゃない」 「わかってあげる努力をしたい」と、伝えてもよかったのではないかと、一抹の後悔はある。
「虹と雪のバラード」は個人的に、切なさを思い起こさせる名曲となってしまった。
平成22年2月執筆
平成22年12月公開
写真は藻岩山、平成17年12月撮影