新型コロナウイルス災禍、ささやかなメッセージ

(山口陽三筆)


連盟の先輩から後輩へ

新型コロナウイルスの脅威はすさまじく、野球人を自認する筆者にとっての 自分の所属チームの活動はもとより、春先にはセンバツ甲子園中止、オリンピック延期が決定。 大学野球は全日本大学野球選手権(全国大会)が中止になったことを受けて その出場校を決める意味を持つ春の各連盟のリーグ戦はほとんどの連盟で中止。 さらに世の中を大きな騒ぎに巻き込む「高校野球、夏の甲子園も中止」 にまで至った。プロ野球も延期のうえ開幕を迎える予定ではあるが 試合数を減らしてのペナントレースになるし、無観客で始まるし、 感染状況によっては中断もあり得るだろう。大変な世の中になった。

東京新大学野球連盟ホームページを勝手に運営する筆者としては、 5月7日の、連盟としての「今年の春はリーグ戦および入れ替え戦を中止する」 という発表を受けて、まずは大学4年生の無念さを思い至った。 さらに5月12日には全国大会の中止も決定。4年生は 一大目標となる全国大会を目指すこともできなくなってしまった。 また2部以下の4年生にとってより大きな喪失として、 「優勝して入れ替え戦に勝利して上の部に上がることで、より高い レベルでプレーできる」というモチベーションが失われてしまったことを、 より痛ましく思った。大学野球は春と秋にリーグ戦があるので、 春のリーグ戦が中止になることで、4年生の「学生野球が終了」してしまう わけではない。しかし2部以下の学校の4年生は春のリーグ戦・入れ替え戦で 上の部に昇格しないと秋に上の部で自分がプレーできない。秋に昇格した のでは遅いのだ。だから春のリーグ戦の中止の痛みも大きいのだ。 また、就職活動や大学院受験などとの兼ね合いで春を最後に引退する4年生も いるのでその意味でも春の中止は大きく痛い。

そんな状況に陥ってしまった中で自分も何かできないか。 考えた結果思いついたのが、連盟の卒業生から在校生への激励メッセージだ。 いろいろ試行錯誤やうまく進まない点はあったものの、次の3編をホームページで 紹介することができた。トッププレーヤーに、4年生と最も長く過ごした 今春の卒業生、そして2部以下の学生の落胆に寄り添えるよう、 2部出身の選手にも寄稿をお願いした。


その活動の最中でも5月20日には日本高野連が夏の甲子園大会の中止を発表。 多くの指導者や元高校球児らがそれぞれのコメントやメッセージ、代替大会の私案を 披露したりし、一方で「大人の声ばかりで当事者の高校生の声が聞こえてこない」 といったウェブのコラムも出るなどしている。対象が大学4年生なのか 高校3年生なのかの違いが筆者の取り組みとの違いかもしれないが、 野球人の後輩に何かして(言って)あげられないか、という気持ちは 同じなのではないかと思う。


わが人生

寄稿を依頼した卒業生からはそれぞれに特徴を感じるメッセージを 寄せていただけた。この場を借りてあらためて感謝申し上げたい。 真摯に真剣に野球に取り組んできた連盟の財産を感じさせる一件だった。

さてそんな中で筆者は何かを後輩に伝えられるだろうか。 そんなことを思ってキーボードを前にしてみた。

まず、大きな目標・生きがいを理不尽な出来事で不意に失って しまった大学生(特に4年生)、高校生(特に3年生)に、どんなに 偉い尊敬している人がどんなにすばらしいことを言ったところで、 本当の意味では慰めにも何もならないだろう、耳に入らないであろう、とは思う。 「経験していないのに、僕たちの気持ちの何がわかるんですか?」というものだろう。 そこにもってきて筆者ごときが何を言ってもなんにもならない ことはよく承知しているつもりだ。特に今回のようなことは 経験がないのはもちろんのこと、自分の人生トータルで振り返っても 野球と恋愛こそうまくいかないことは多いものの大きな挫折とか 人生を左右するような分岐点、生死を分けるような極限の状況の経験がなく、 のほほんと進んできてしまったに近い人生だった。 なので発する言葉に説得力もなかろうが、20年以上も長く生きた先輩として、 今思うことを書き残しておこうかと思う。


ささやかなメッセージ

すでにあちこちでいろいろな人に言い古されている感はあるが 「神様は乗り越えられる試練を与える(≒必ず乗り越える方法があるからなんとかがんばれ)」 「すべてのことには意味がある」などのことは自分も感じるし後輩にも伝えたい。 前者は「ラストシーズンの全国大会が中止なんて乗り越えられない試練じゃないか!」 とクレームを受けてしまうかもしれないが。 筆者ののほほん人生の中でも、あのときああしていれば、あのときあれをしなければ、 今のこんな状況にはならなかったのに、という局面は何度かあった。 簡単に言ってしまえばそんな出来事さえ起きていなければ 質・量ともに受ける損害がなかっただろう。それでも、今となって だからかもしれないが、そんな出来事もあってよかったかも しれないと思う。勉強になってその後の人生には生かされた ように思う。すべてを失いかねない新型コロナウイルス災禍など、 のちに何年たっても「あってよかった」とは思えないかもしれないし、 野球界は理不尽な事柄がいっぱいあることなど今のタイミングで 実感する必要はなかったかもしれないが、この経験を乗り越える ことができた先には人間として大きく成長できているように思う。 野球人としての一つのピリオドは打たれてしまったかもしれないが 人生は続くし、どんな試練をも乗り越えられる人間になっていけるのではなかろうか。

それと次のことは大事だが、どうか野球を嫌いにはならず、 環境が許すかどうかは別としても野球を続けてもらいたい。 当たり前だが今回の災難は野球自体に罪があったわけではない。 野球を続ける環境として筆者が所属する社会人クラブチームで よければ協力したいとも思うし、かと言って自チームの部員集めのために 言っているわけでもなく別のチーム、別の形でもいいから続けて ほしいとは思っている。その意味では前半の東京新大学野球連盟 4年生への激励メッセージにも関係あるが、大学野球の秋のシーズンを すばらしいものにしてほしいという思いもある。多くの、と言うか すべての高校3年生の球児が納得感の乏しい状態で、精神的に 宙ぶらりんの状態で高校野球を終える。その消化不良の気持ちから 「大学で野球を続けよう」という気持ちに遷移するかどうか、 するとしてどのくらいの割合の生徒がするのかは未知数ではあるが、 それを検討する層は例年よりも多いのではないかという気もする。 大学野球も無観客にはなってしまうかもしれないが「大学に進学 したあとでもこれだけ真剣に、ちゃんとした野球ができるんだ。」と 思ってもらうこと、見せること、これは大事なことだと思う。 特に東京新大学であれば、加盟校数が多いことで多様な 大学が所属している。東京六大学だと「まずその大学に合格できるかな?」 「合格して入学できても野球部に入部させてもらえるかな、レベルに ついていけるかな?」などの悩みも先行しかねないが、東京新大学ならば 適する大学が見つかるかもしれない。まあ、どこの連盟なのかは いいとしても、野球を続けてもらいたい。

大学4年生がラストシーズンとなる次の秋のシーズンを(個人的な夢・目標は かなわないながらも)すばらしいものにする。それを見聞きした 高校3年生が近い将来に大学生として大学野球に取り組む。 そんなサイクルができるとすれば (まあそのサイクルは今年のみならず存在しているものではあるだろうが)、 野球文化を途絶えさせなかった貴重な学年として、 ある意味通常の学年以上に輝きのある、意味のある世代になるのではないかとも思う。 「文化のバトン」。NHK朝ドラ『エール』では、この非常事態を見越した 台本ではないだろうけれど「がんばることはつながるんです」という名言もあった。

いや、むりに持ち上げて、慰めて、美談にしようとしているだけだろう、 と思われても仕方ないが...。


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