不完全燃焼と完全燃焼
晩秋の神宮-相模原、二つの趣味の明暗


平成13年11月16日、金曜日。筆者はなかなかユニークな1日を過ごした。 行動一つ一つはとりたてて一般の感覚からはずれるものでもないと思うが、 その組合せが妙であり、普通ではなかなか思いつかないものだと思う。 そしてこの1日は結果的に筆者にとって、複雑な思いが交錯する印象深い1日となった。

その日、某OA機器メーカーに勤務する筆者は午前半休を取って 朝から神宮第二球場に来ていた。この日は野球の明治神宮大会の第1日。 高校の部10チーム、大学の部10チームが集って別々にトーナメントを行う野球の大会。 一応それぞれの地区なり連盟を勝ち抜いた学校が出場しているので高校なり大学の 日本一を決めるような位置づけの大会と言ってもいいだろう。とは言え、 アマチュア野球のファンならともかく一般の人々がどれだけ知っているかは あやしいものである。高校野球の甲子園大会、大学野球の東京六大学や東都リーグの ことを知っている人は多いだろうが、明治神宮大会を知る人はそれほどいなくても 不思議はない。そんな大会の第1日、平日の朝も8時過ぎから球場に駆けつける者など 学校関係者をのぞいてどれだけいるだろうか。よほどの物好きと思ってもらってかまわない。

筆者が見にきたのは大学の部の1回戦、東京新大学野球連盟代表の流通経済大と 愛知大学野球連盟代表の愛知学院大との対戦である。立場としては流通経済大の応援。 なぜならば東京新大学野球連盟というのは筆者が大学時代に所属した野球部が 所属していた連盟であり、つまりはその連盟は筆者の出身連盟ということになる。 それだけの理由で、母校でもない流通経済大の応援に仕事を休んで観戦に訪れるのは まだ解せないだろう。言ってしまえば筆者はこの連盟のファンなのである。 なぜ好きになったのだろうか。単に出身だからということだけではすみそうにない。 なかなか陽が当たらずに目立たない連盟、そのマイナーさ、陽の目を見なくても いつか花を咲かそうと地道に努力する様子...。そういった連盟自身が図らずも 背負った運命みたいなものが自分自身のスタイルに妙に合う気がしていて 見守らずにいられない、そんな気持ちがあって必要以上に筆者はこの連盟のことを 気にかけてきた(つもりである)。そして普段陽の目を見ないこのマイナー連盟に とって明治神宮大会は一般に対してその存在をアピールする、絶好のチャンス。 晴れ舞台なのである。連盟のファンである筆者は連盟の代表の晴れ舞台を見届けに、 仕事を休んで来たことになる。


流通経済大は今季(平成13年秋季)、連盟1部のリーグ戦で開幕から8連勝を挙げて 勝ち点4。連盟内で常に優勝を争ってきた創価大が途中で勝ち点を落とした こともあり、最終カードの創価大戦を前にしてすでに優勝を決めた。 4連覇中で5連覇目を目指した創価大を抑えての優勝。特に8連勝の中では 石丸和樹(3年生、瀬戸内高校)が4勝を完投で挙げ、大田悦生(3年生、広島工業高校)が 4勝を完投で挙げる活躍ぶり。3年生両右腕の力で勝ち取った優勝だった。

創価大との最終カードでは第1戦に石丸が先発完投して勝利するも9-8。 石丸が8失点した。第2戦は大田が先発し、3-3で延長に入ったが10回表に 大田が5失点して3-8。第3戦はもう1度大田が先発して1-4で負けた。 明治神宮大会1回戦の先発を決める最終試験かとも思った創価大戦だが、 両投手ともピリッとしない投球でシーズンを終えた。

迎えた明治神宮大会1回戦。相手は愛知学院大。実力としては同じくらいだろう。 流通経済大がやや上と思ってもいいかもしれない。2回戦が東京六大学代表の慶応大。 連盟の存在を世に知らしめるためにも慶応大と対戦して勝ってほしい。 1回戦。筆者の中での試合前の焦点はまず、石丸と大田のどちらが先発するか。 試合が始まってからの焦点は、先発が予想される相手の筒井という左投手を、 流通経済大打線が打てるかどうか。そんなことを思っていた。思っていた矢先、 場内に流れる先発投手を告げるアナウンス、流通経済大の先発は竹谷和浩(2年生、 尾道商業高校)だった。

筆者にはわからなかった。意図がわからなかった。むりに考えていくつか 挙げてはみた。石丸も大田も調子がよくないか。創価大戦のことを考えればそれも 考えられなくはない。竹谷は今季リーグ戦1試合だけの登板。相手に情報がないで あろうことを考えて裏をかいたか。しかしそれを言えば石丸・大田の情報だって 相手に対してそれほど入っていないだろう。愛知学院大が創価大などに依頼して ビデオを取り寄せたりしたかどうか...。あるいは指名打者制のないこの大会、 石丸・大田より打撃力のある竹谷を入れたのか(竹谷は昨年のリーグ戦で4番で 指名打者に起用されたこともある)。いや、大事な先発投手を打撃力で決めたりは しないだろう。あるいは慶応大戦のために石丸・大田を温存か。 それはないだろう。愛知学院大だって簡単に勝てる相手ではない。 結局よくわからないのだ。言ってはなんだが、流通経済大の全国大会での投手起用は こんなことが多い。平成11年春季大学選手権は、春季リーグ戦の創価大との 「勝った方が優勝」の最終対決で延長13回を投げ抜いた眞下朋史(当時2年生、 東京農大二高校)ではなく、当時1年生の大田が先発。エース格の松下貴(当時4年生、 津久見高校)でもなく、また優勝決定の試合で何度も代えてもいい場面で信頼し続けた 眞下でもなく、大田である。東北福祉大に完敗した。平成10年春季大学選手権は、 リーグ戦で7勝を挙げ、後にプロ入りすることになる加藤竜人(当時4年生、 徳島商業高校)ではなく松下が1回戦(対松阪大戦)に先発。加藤を2回戦の 亜細亜大戦に温存したのかと思ったが2回戦の先発は沖野誠(当時2年生、 瀬戸内高校)。結局加藤が途中からリリーフして惜敗した(しかしこのときは 加藤の肩痛があったかもしれないし、試合自体も沖野の先発は結果として 敗因にはなっていない)。

平成13年11月16日 神宮第二球場 1回戦
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
流通経済大(東京新大学) 2 0 0 1 0 0 0 0 0 0 3
愛知学院大(愛知大学) 0 0 0 0 0 0 2 1 0
(延長10回サヨナラ)

試合は初回、愛知学院大の筒井がどこか固い。四球と自らの失策で走者を二人置いて、 西出幸次郎(3年生、和歌山工業高校)が2点タイムリー。左の西出が左の筒井を打てるか どうかと思っていたが、左中間にライナーで打ち返した。よく打った。流通経済大は 4回にも1点を追加し、なお無死2塁で筒井が降板。今年春の大学選手権で 東海大相手に敗れはしたが7連続奪三振の快投も見せた筒井をKOだ。 さらに攻めたいところだがここで2塁ランナー・鵜入秀介(4年生、流通経済大柏高校)が ヒットエンドランのサイン違いか3盗か、3塁に走ってアウト。 2死無走者から8番・竹谷がヒットで出塁。竹谷の起用がこんなところで 小さな成功を見せ、チャンスは満塁までふくらむ。しかし2番・宇野正之(2年生、水戸商業高校) がボールになる低めの変化球を振って三振。追加点を取れなかった。

一方の心配された竹谷は3回まで無失点できたが4回に2四球もあって2死満塁のピンチ。 7番の吉良に対してもカウント2-3。2四球を出しているだけあって押し出しも懸念されたが ここは吉良の右中間に抜けるかというライナー性の打球をセカンド・石本泰志(3年生、崇徳高校)が ダイビングキャッチ。走者もスタートを切っていて抜けていれば3点も覚悟しなければ ならなかったかもしれない。自然と筆者も拍手が出ていた。

5回、流通経済大は2四球から1死1.3塁のチャンスで6番・鵜入。鵜入は前の チャンスで走塁死するなどチョンボもあり、打撃もやや雑な印象はある打者だが、 それなりの打力も期待できる打者。しかし代打に島田祐輔(2年生、伊東高校)という左打者を起用した。 筆者は知らない選手だ。鵜入ならヒットも期待できる反面、併殺もある。 左打者で併殺崩れも狙ったのだろう。この采配は難しい判断と思ったが理解できた。 その島田の打球はゆるいショートゴロとなり、併殺は取れそうにない打球に見えたが 3塁走者・前田智紀(4年生、八代東高校)がスタートを少しちゅうちょした。 やや遅れて本塁に突っ込んだが間一髪アウト。また追加点を取れなかった。 その後も流通経済大打線は高峰を打ちあぐむ。低めに落ちるボール気味の球を 振ってしまっている。それでも7回、先頭の前田がヒット。 主将の前田は今季首位打者でMVP。2年前の秋にはシーズン最高打率の連盟記録も樹立している。 筆者が見た試合でそれほど爆発したところは見た覚えがないが、何打席かに1回くらいすごさを 感じさせる打撃もする。このヒットはよかった。1死2塁として5番の石本。 しかし今度は前田が3塁に走った。カウント2-0、サインとは思いづらい。 本人は盗んだつもりでの単独盗塁だったろうが余裕のアウト。また追加点が取れなかった。

竹谷も走者を背負う投球で苦しみながら大崩れの気配はなく7回まで来た。 3点リードで残り3回。石丸・大田も控えていることを考えればなんとか勝てそうな気もする。 しかし1死1塁から代打・小田がライトに2ランホームラン。その後、代打・坂前を サードライナー、1番・木村に一二塁間ヒットで2死1塁となったところで 石丸にスイッチ。竹谷も捕らえられ始めている。ここでの交代は妥当だろう。しかし、竹谷もなんだかんだよく投げた。 石丸がここを切り抜け、8回を迎えた。1点リードで残り2回。1イニング前に 比べればたいそう苦しくなったがここはリーグ戦優勝の立役者の一人・石丸に期待しよう。 そう思った矢先、8回先頭の3番・三家に同点ホームランを浴びた。対する 相手チームの主将・三家も愛知大学リーグの今季MVP。おそらくは優勝の立役者だったのだろう。 同点。ふと筆者はこの試合、「勝てない」と直感した。リーグ戦を8連勝で優勝しながら 攻撃力の方はそれほど強くないとも言われていた流通経済大、それでも序盤に 3点をリードして優位に試合を進めたものの、チャンスをつぶし続けて 追加点を奪えないまま終盤まで来た。流れを完全に失ったうえに相手が後攻である。 流通経済大に勝ち越しの1点が入れば石丸で逃げ切れそうな気もするが、 勝ち越しの1点が入りそうな気配はなかった。

9回表、試合とはまるで関係のないところで筆者が球場を離れるべき時間が 迫っていた。午後(1時)から出社する予定、勤務先は神奈川県県央部。11時40分には 球場を出たい。帰宅準備をして出口付近まで行って試合を見る。9回、 流通経済大は簡単に2死。しかし途中出場の2番・緒方義人(2年生、高松商業高校)が2塁打で出塁し、暴投で3塁まで進んだ。 打順は3番・前田。ラストシーズンの今季、リーグ戦首位打者、MVP、主将として優勝チームを 引っ張っての今大会出場。2年前の連盟記録もすばらしい。ここまで本当によく がんばってきたが、ここである。ここでこそ4年間の集大成を見せてほしい。 いや、ここで力を見せてくれなければこれまでの数々の記録や功績の意味も半減すると言っていいくらいに、 筆者は思っていた。4番には西出が控える。相手も前田と勝負を避けることはないだろう。すべては前田次第だ。 流通経済大関係者、すべてが期待したであろうこの打席、しかし前田はショートフライに倒れた。 10月26日の対創価大第2戦、勝てば10勝0敗での完全優勝が決まる試合で9回裏同点、 2死満塁で前田に回った打席、やはり場所は同じここ神宮第二球場で最高の舞台が 揃いながら前田は三振に倒れた(結局延長戦の末敗戦)。二つの場面がだぶる。 筆者が数字や記録ほどには前田のすごさを感じないのはこういう勝負弱さが見え隠れするからかもしれない。

ここまでで球場をあとにし、出社したあとインターネットで結果を確認すると 案の定、延長10回にサヨナラ負けしていた。勝てた試合だったろう、流通経済大。 いろいろ書いたが、采配うんぬんでのこととは、終わってからは思っていない。 驚かされる采配もあったが、奇策(と思われる策)が悪いとは言えない。 筆者が「意図がわからない」と感じた竹谷の先発は好結果が出たし、 代打・島田の策は結果は出なかったが意図はわかる。竹谷から石丸への継投も 妥当だろう。それよりも、なんとなく自分たちで勝つチャンスを逃しているというか、 勝手にバタバタして流れをつかみ切れず、流れを失ったあとは勝つ術を持ち合わせていない。 愛知学院大が弱かったとは思わないが強かったとも思わない。まあ、同じくらいだっただろう。 簡単に勝てる相手ではないが、同じくらいであるからこそ、勝ってほしかった。 流通経済大、特に守備面で随所にいい場面も見られたが、連盟を代表して出場している限り、 連盟関係者の期待は背負っている。それだけ、この大会での勝敗というものには こだわってほしかったし、結果が出なかったことは残念であった。



午後の勤務を終えたあと、神奈川県相模原市の相模大野駅付近のとある店を借り切って 会社の同期20名弱による宴会があった。筆者が幹事である。ちなみに筆者についてよく 知る人は筆者が野球の趣味において相模原市と縁があることを知っているかもしれないが、 この宴会が相模原市で行われたのはそれとはまるで関係がない。この宴会の 名目は同期の結婚を祝しての祝宴であり、場所をここにしたのは会社からそれほど 遠くないことと、新婚の同期が相模大野に新居を構えたことなどが理由である。 そしてこの宴会で幹事を務める筆者は、誰に頼まれたわけではないがもう一つの 趣味を会社の同期に披露するつもりでいた。

その趣味というのはバイオリンの演奏である。筆者は野球とバイオリンという、 おかしな組合せの二つの趣味を持つのである。筆者がバイオリンの趣味を持つことを 知る人は野球の趣味を持つことをだいたい知っていると思うが、野球の趣味を持つことを 知る人でバイオリンの趣味を持つことを知らない人はわりと多い気がする。 筆者の中でははっきりした区分けができていて「第一の趣味は野球。バイオリンは 第二の趣味」なのである。ただ、それでも長いのはバイオリンの方であり(現在約20年。 野球は約18年)、また途切れた時期がないのもバイオリンの方である。野球は、 中学3年次の引退後、高校3年次の引退後、就職したての数ヶ月、など一応 途切れている時期がある。

第二の趣味だけあって、バイオリンを他人に聞いてもらう機会はこれまでほとんど 持ってこなかった。ただ、ここ数年は「聞いてもらいたい」という気持ちも少し 出始め、また友人の結婚披露宴での演奏でそれなりの充実感を味わうなどのことも 経験し始めた。会社の同期に聞いてもらいたい気持ちは、前から少し持っていたし、 今回は筆者が祝宴の幹事を務めただけあり、結婚を祝福する気持ちを表したいと思っていた同期でもある。 機会としてはちょうどよかった。1週間前くらいまでは、その場に立てるかどうか、 演奏がうまいかへたかではなく納得できる演奏ができる状態にたどり着けるかどうかが 微妙で、演奏するかどうか迷っていた。しかし結局演奏しようと決め、それからは 不安と軽い緊張感が続く日を送っていた。演奏前の気持ちとしてはもちろん、 結婚した同期を祝福する気持ちを込めるということを1番心がけるつもりだったが、 一方で「自分の納得できるように弾く。自分本意で弾かせてもらう。 もともと頼まれたものでもないし、失敗しても誰にも迷惑はかからない。」 といった都合のいい考え方も多分にあった。

20人弱で貸し切れる洋風居酒屋。それほど大きい店ではない。やや男性が多いか という比率の中、淡々と会は進んだ。1時間半ほどしたところで幹事として 「ええ、それでは〜」と切り出しながら自分での演奏が始まった。 迎えた当日の演奏は、軽い緊張感もあり、いくつかの指のずれもあり、 それはもちろんベストの演奏とまで言えるものではない。しかし、納得できた。 心がけた2点、特に演奏に気持ちを込めることに関して、かなりやりきれた 実感がある。自分なりに何点の演奏なのか、聞く人がうまいと思うかへたと思うか、 そんなことは半ばどうでもよくなっていた。えらそうなことを言えば「もろもろ苦しい 状況が揃う中でもベストの演奏をしなければならない。それをするのがプロ意識」と言えるかもしれないが、 筆者にそこまでの意識はないし、言えた努力もしていない。もちろんプロでもない。 今回の「納得」はレベルの高いものではないかもしれないが、それはそれでいい。

会自体、まずまず成功で楽しく終わったと思う。その会の中で、 演奏によって、会の成功の一部分(時間で言えば4分半くらいか)を構成できたことが本当にうれしかった。 たぶん、野球の勝った試合(接戦)で中継ぎでちょっとだけ投げて相手を抑えたピッチャーの 心境とはこういうものなのだろう。「勝利」「セーブ」の記録がつくわけではないし、 観客や評論家も、ヒーローや貢献者としてたたえるわけでもない(たたえる場合もあるが)。 でもその仕事がなければ勝っていたかわからないわけで、自分ではちょっとだけ チームに貢献したことで納得感を得る。そんなかんじだろう。


不完全燃焼で始まった1日は完全燃焼で終わった。そんな1日だった。 二つの趣味を持てたおかげで複雑な心境を味わえた1日だった。

(山口陽三筆)


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