勝たなくていい試合、負けてもいい試合

(東京新大学野球連盟OBの山口陽三が独自の観点で勝手に語ります)


学校の部活動や職業としてスポーツをやる場合に(=遊びではなく、といった意)、 「勝たなくていい試合」「負けてもいい試合」というのはどういう試合だろうか? 一つは練習試合が挙げられる。公式戦はどうだろうか? 例えばプロ野球のペナントレース などのリーグ戦形式の公式戦で優勝が決まったり優勝でなくとも順位が決まったあとの 「消化試合」と言われる試合はそうかもしれない。トーナメント形式の公式戦でも、 例えば2位以上とか4位以上に上位大会への進出権が与えられるといった場合には そのあとの試合は勝たなくてもいい試合かもしれない。まだあるだろうか。 とりあえず思い浮かばないがまだあるかもしれない。

春と秋、年に2回のリーグ戦が行われることがほぼ定例となっている大学野球。 全国に26ある大学野球連盟の一つである東京新大学野球連盟。筆者が所属した 大学の野球部が加盟している連盟である。この連盟の2部のリーグ戦において、 優勝も決まっていなければ順位も決まっていないにも関わらず、もう少し言えば 優勝争い・最下位争いという非常に大事な戦いを展開中のリーグ戦最中の チームに「勝たなくていい試合」が現れた。そんな例を紹介し、自分なりの 視点を入れて振り返ってみたい。


平成14年春。上記連盟2部のリーグ戦。この部では6チーム対抗の勝ち点制ではなく、 6チーム2回戦総当たりの10戦固定のリーグ戦形式で戦っている。 このシーズン、駿河台大と東京理科大が激しい優勝争いを繰り広げ、 最後は7勝2敗の駿河台大と7勝1敗1分の東京理科大が双方にとって 最終戦となる直接対決を戦い、勝った方が優勝になるというリーグ戦となった。 直接対決の1戦目は延長戦にもつれ込んだ末に東京理科大が辛勝したという対戦、 2戦目の最終戦も熱戦になったが3−1で駿河台大が勝って優勝を果たした。

駿河台大 東京理科大
○駿河台大 10-0 国際基督教大● ○東京理科大 11-4 日本工業大●
○駿河台大 9-4 日本工業大● ●東京理科大 1-5 日本工業大○
○駿河台大 8-1 日大生物● ○東京理科大 15-0 工学院大●
○駿河台大 4-3 工学院大● ○東京理科大 6-3 国際基督教大●
●駿河台大 2-3 東京理科大○
○駿河台大 18-2 国際基督教大● ○東京理科大 12-11 日本工業大●
○駿河台大 7-4 日大生物● ○東京理科大 5-3 工学院大●
●駿河台大 1-3 日本工業大○ ○東京理科大 7-5 国際基督教大●
○駿河台大 5-4 工学院大● △東京理科大 9-9 日大生物△
○駿河台大 3-1 東京理科大●

ここで取り上げたいのは東京理科大9戦目の対日大生物戦である。 上記の表では並列に並んでいてわかりにくいが、東京理科大が9戦目を 迎える時点で駿河台大は9戦目(対工学院大戦)を終えており、ここまで7勝2敗。 東京理科大は日大生物の試合を迎える前の段階で7勝1敗である。 9戦目を迎えたのが5月26日。10戦目の直接対決は6月1日であることが決まっている。 東京理科大の立場としては、当然連勝すれば9勝1敗で文句なく優勝。 とりあえず日大生物に勝利を計算して8勝1敗となったとすれば、 最終戦の直接対決で仮に負けても8勝2敗で駿河台大と並ぶ。 そうすればプレーオフである。リーグ戦最終日が6月1日であり、順当ならば プレーオフの日程は翌日の6月2日。とりあえず日大生物に勝って8勝1敗として、 「最終戦とプレーオフの2連戦を連敗しなければ優勝」といった計算が なんとなくちらつき、ハタから見ている分には東京理科大に分がありそうである。 しかしそうもいかないのだから勝負事は難しい。

平成14年5月26日 工学院大学グランド
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
東京理科大 2 3 4 0 0 0 0 0 0 0 9
日大生物 0 0 0 0 1 2 0 2 4 0 9
(延長10回引き分け)

迎えた9戦目は、なんと序盤から9点をリードしてコールド勝利も飾れるという 展開となったものの、悪天候の中で試合が荒れ、日大生物の反撃を受ける。 そうは言っても、追加点を取れないながらなんとか9回にこぎつけて4点をリード。 マウンドにはエースの宮崎がいる。しかしそれでも追いつかれて延長戦の末、 引き分けた(3時間ルールがある)。9点リードをエースが逃げ切れなくての引き分けである。 結局6月1日の最終戦は「2連戦のうち一つでも勝てば」ではなく「勝った方が優勝」と、 数字の上ではやや分が悪くなり、この試合を落とした東京理科大は優勝を逃がした。 この引き分けが数字の上で痛かったということは言うまでもない。

ところがここにあえて逆の見方を投げかけたい。東京理科大は日大生物戦に勝つべきだった。 その見方は当たっている。しかし「勝たなくてもいい試合」だったのではないか。 どういうことか。仮に東京理科大がこの試合に負けて7勝2敗となったとする。 8勝1敗で駿河台大との試合を迎えるよりも条件が悪いのは確かである。 ただしこのレベルの野球で、「リーグ戦最終戦とプレーオフの2連戦を視野に 入れて1勝すればいい」という考え方を持つことは慣れていないし、難しい。 1敗してもいいとか考えると余分なスキが入り込んで連敗もしかねない。 数字の上での計算をしながら戦うよりもいっそ、「勝った方が優勝」の1試合に 賭ける方が戦いとしてはやりやすいとも言える。 ましてや日大生物戦が引き分けに終わったというのがなんとも都合が悪い。 引き分けでは結局「勝った方が優勝」の最終戦を戦わなければならず、 負けた場合と変わらない。エースが200球以上を投げて死力を尽くした延長10回の 戦いをして引き分けるならば、「勝たなくてもいい試合」と位置づけて楽な 気持ちでの試合とした方がよさそうである。


似たことは平成9年秋の同連盟の同部でも起こった。ここで対象になるのは駿河台大。 平成14年には優勝を争う駿河台大も、平成9年は最下位争いを展開するチームだった。

●駿河台大 2-6 東京国際大○
△駿河台大 4-4 工学院大△
●駿河台大 3-4 東京農工大○
●駿河台大 4-6 東京国際大○
○駿河台大 11-6 東京理科大●
●駿河台大 3-10 杏林大○
○駿河台大 8-4 東京農工大●
●駿河台大 0-5 東京理科大○
△駿河台大 3-3 杏林大△
●駿河台大 4-7 工学院大○

結果的に駿河台大はこのシーズン、2勝6敗2分で最下位。このシーズンに 最下位を争ったのは工学院大だった。実際には東京理科大・東京農工大も 似たような勝率だったが、2チームはシーズン終盤で最下位回避を決め、 最後まで最下位の可能性が残ったのが駿河台大・工学院大だった。 そしてここでも双方にとって最終戦となった直接対決が「負けた方が最下位」 という試合となり、これに敗れた駿河台大が最下位となったわけである。

その最終戦が11月3日だったが、9戦目の対杏林大戦は前日の11月2日。 駿河台大にとっては連戦だった。9戦目を迎える段階で駿河台大の2勝5敗1分に 対して工学院大は3勝5敗1分で9試合を終了していた。駿河台大としては当然、 2連勝(杏林大・工学院大)ならば最下位回避である。杏林大戦にエースの駒木を 登板させ、初回に3点を失うも打線が追い上げて同点。そのまま延長戦に入って 10回時間切れで引き分けた。エースの駒木は完投。翌日の工学院大戦は 2番手投手の位置づけの芳賀が登板して終盤まで競った展開だったものの 8回に勝ち越しを許し、駒木もつぎ込んだが力及ばず4−7で敗れた。

実はこの試合も「勝たなくていい試合」であった。杏林大に勝ったとすると 駿河台大と工学院大は3勝5敗1分で完全に並ぶ。そうすると結局最終戦が 「負けた方が最下位」の直接対決となるのである。ただし、杏林大戦に負けてしまうと 駿河台大からすると最終戦は「勝てば並ぶ」という試合になるので分は悪い。 「勝たなくていい試合」ではあったかもしれないが「負けたくはない試合」である。


以上は数字を操作しながらの机上の話である。実際の戦いにおいては当事者たちに こんなことを言われても難しい。例えばサッカーのような点数の入りにくいゲームなどの場合に、 「引き分け狙いの試合」というのがあるのかもしれないが、野球において試合前から 引き分けを狙うというケースはまずないと思う。それでは、やる前からわざわざ 負けるように試合をするかというと、それもほぼないと見ていい。 結局は目の前に公式戦があって、まして優勝もしくは最下位がかかっているという 最中においては「とりあえず勝っておかなければ」と考えるのは普通である。

平成14年春の東京理科大。9戦目の日大生物戦を迎えるにあたってどういう気持ちだったかを はっきりとは把握していないが、久しぶりの2部優勝(17年ぶりということになるらしい) が届くところにちらつきつつあり、残り2戦の戦いに全力を尽くすつもりでいただろう。 この段階で「数字の上では日大生物戦は勝たなくていい試合だから...」 といったことは言う方が酷かもしれない。ましてこのときのチーム状況は、 3年生が主将、4年生は一人、2・3年生が中心の比較的若いチーム。 目の前の勝利にだけ気持ちが向かっていてそこまで頭が回らなかったかもしれない。 あるいは頭にあったとしても、やはりチームが優勝に向かっている中でわざわざひと休みを 入れるようなことはしない方がいいという考えもある。気がついた人間がいたとしても チームの中で「勝たなくていいのでは」などと発言をすることは難しいし、 する必要があるかどうかも微妙である。結局、真意はわからないが、 エースの宮崎を登板させたあたりのことを考えると、試合前において東京理科大は 必勝体制を敷いていたと言えよう。そしてもう一つ、東京理科大に「勝たなくていい試合」の 概念があったとして、日大生物戦で3回で9点をリードしたことが余計に 話を難しくした。そうは言ってもこうなると勝ちたくなるのが人情であろう。 結果、エースを使い切って次週の駿河台大戦の先発マウンドに別の投手を送るという ことにもなった、とも言える(ただしこれは相手との相性などの問題もあったかもしれない)。

今回の東京理科大の選択に間違いがあったとは思えない。数字の事情まで 考える余裕がなかったならば、ある意味その方が1番よかったかもしれない。 そこまで考えていたとしてこの選択をしたとしても、当然の選択と言える範囲であり、 周囲も当事者も納得であろう。そこまで考えていたならば難しい選択を迫られたことが想像される。


ところで、平成9年秋の駿河台大の一件を今回の東京理科大の策に生かせる 可能性がある人物が一人いる。平成9年当時、東京理科大の1年生、 現在は東京理科大の学生コーチを務める藤島由幸である。彼ならば経験も多く、 東京理科大ナインの中でも今回の数字の事情は事前に理解できていただろう。 彼自身もコーチとしてのチームへの関わり方も含めて難しい心境でいただろう。 今回の敗戦はチームが総力を尽くし、全力を尽くしての仕方ない結果だったとは思う。 しかし経験豊富な藤島でさえもその経験を生かしきれなかったという見方もできる。 こういったことが起こるのはそもそもリーグ運営やルールに問題があるのではないかという 指摘もあるかもしれないが、それも含めて大学野球という気もする。 とにかく、難しいことも多く、理不尽なこと(今回の一件とは言っていない)が起こることもあるが、 その中で自らの経験や視点を生かしながら工夫して目標達成に向けて努力していく。 難しいことであるが、奥の深さもあると言える。今回非常に大事な経験をした 東京理科大ナインの今後には期待したいと思う。

話が発散し始めてやや焦点がぼけた話になってきてしまったかもしれない。 実は筆者は別の「ひとりごと」で大学野球においての1試合の重みという文章を書いている (→こちら)。 ある意味では今回の文章はその主張と相反するものでもあるかもしれない。 しかし、1試合の重みがあり、1試合を操作する難しさもある。 そんな大学野球の一面を感じてもらえればと思う。

(山口陽三筆。)


筆者のメールアドレス

東京新大学野球連盟のページ(筆者作成)

筆者の「ひとりごと」集のページ

筆者のホームページ