相模原クラブ「さいきんのニュース」集

伊勢日記
〜チーム初の本格遠征の記録〜

10月17日(水)

伊勢大会初日。いきなり雨で中止となり、天候・グランドを考慮してか、 翌日の試合の中止まで決定。18日に予定されていた我々の試合は2日ずれて 20日に。関口主務・亀山マネージャーは伊勢入り。

翌日の切符(新幹線・特急等)を確保していて払い戻しができないということで、 予定通り18日に伊勢入りすることに。時間だけずらして6時半新横浜駅出発が 10時50分新横浜駅出発に変更。各部員に連絡をするもその過程で「2日間日程が ずれるなら20日当日に行く」「19日夜に行く」と言い出す者もいてわりと てんやわんや。


10月18日(木)

10時半新横浜駅集合で本隊は伊勢入りすることに。メンバーは、新井敏・新井幸・ 西山・高橋・佐藤・喜多・栗原・陽三。新横浜駅で喜多が岸部シローを発見して 「自己破産したヤツですよォ!」と騒ぐ。 14時半ごろ伊勢市駅着。宿のバスで旅館「倉野屋」へ。他方、自動車組の 下里・飛弾・神藤・岩永(監督)は夕方に旅館到着。

夕食には関口・亀山に加え、新井敏家族、岩永家族らも参加。夕食時、この旅館は ダイエーホークス・倉野信次投手の実家と知らされて驚く。

移動だけだがわりと疲れる。早朝に出発してそのまま試合だった当初の予定の ことを考えると「移動だけの日(移動日)」というのもあっていいのかな、とも思う。 翌日も試合はないとあって、リラックスムード。寝るのが遅い者もあり。

夕食後、翌日に仕事がある新井敏帰還(短い時間でしたがお疲れさま)。


電車内風景。
新井敏・新井幸。

「倉野屋」正面から。
料亭兼旅館。


10月19日(金)

朝食後、倉田山公園球場に向かい、伊勢大会の開幕戦を観戦。昨年度優勝の 昭和コンクリートが第1試合でいきなり全播磨硬式野球団というクラブチームの 前にコールドで敗退。昭和コンクリートが木製バットを使っていたこともあるが、 全播磨・春藤投手のすばらしい投球に一同、驚かされる。

(試合途中、翌日に仕事がある新井幸帰還)


伊勢大会ポスター。
わりとあちこちに貼ってある。
実は倉野屋の前にも貼ってある。

開幕戦及び倉田山公園球場の様子。

ひとまず大会気分を味わったあと、伊勢市小俣町のグランド(正式名称は忘れた)で練習。 ウォーミングアップを多めにやり、個人ノックやハーフバッティングに取り組む。 なにぶん、人数が10人ちょっとなので大したことはできないが、参加した者は わりと体を動かす(動かされる?)結果となる。


練習風景。投手飛弾、打者栗原。
監督の目も光る。

夕食前には古舘・白石・菊地・金井が自動車で駆けつける。主力の到着で ナインの意気も上がる。

一方で翌日の試合に勝った場合と負けた場合の動きについて打合せ。 負けたら何時の電車で帰る、自動車で帰るのは誰、、、勝ったら誰が帰って 誰が残るのか、など。また、対戦相手の全三重クラブについてのミーティングも 開催。スコアラーが少ない情報をかき集めて資料を作成したものの、中途半端な 情報だったおかげで、よけい相手についてよくわからなくなる。


10月20日(土)

朝食後、昨日とは別のグランド(なんとか総合グランド)で1時間強、軽く汗を流し、 それから倉田山公園球場入り。ここで早朝に新横浜駅を出発した井上・清水・門倉も 合流。11時に到着してまだ第1試合の5回。我々が第3試合を終えて負けたら、 どの電車で帰るのか、間に合う電車はあるのかなど、余計な心配事も発生する。 第1試合は日本生命と王子製紙の試合。日本生命の杉浦を見たとか見ないとか 見たいとかで少し騒ぐ。

第1試合終了後、観戦に来ていた中日ドラゴンズスコアラー(だと思う)・近藤真一氏が 「もう見るべきものなし」と判断してか、球場をあとにする。


試合前の昼食風景。
門倉の後ろに古舘主将。

倉田山公園球場(外観から)。

結局14:45に試合開始。相手の全三重クラブもそれほど強いとは感じないが、 こちらはこちらでペースを握るまででもない。一応リードを保ったまま 中盤を進めるものの、どうも悶々とした雰囲気が続く。先発の飛弾のあとを 受けた2番手・佐藤がつかまり始めたがこれをリリーフした高橋がすばらしい投球。 3点リードで9回を迎え、「高橋がこの調子なら...」と思わせながら、 そうもいかないのがうちらしい試合運び。1番から3連打を浴びて4番の、最警戒打者・ 松藤。しかしこれをなんとか抑え、後続も断って辛うじて1点差で逃げ切った。 今年のクラブチームとの公式戦。我々は勝っても負けてもすべて1点差である (ウィーン・神奈川・全三重には勝利、横浜球友・横浜金港・三菱重工横浜には敗北)。

試合終了後、月曜日には仕事等があって残れない、古舘・白石・下里・菊地・門倉が 自動車で帰還。

やはり試合終了後、球場で神藤が知らないオジさんにサインを求められる。どうやら、 元甲子園球児のサインを集めている野球マニアらしい。2回戦の時には岩永監督も サインを求められる。

夕食時、金井の誕生日が今日であることが発覚し、チームの勝利もあって祝福ムードに包まれる。


10月21日(日)

伊勢入りして初めての1日フリー。「行きたい者は伊勢神宮にお参りに」という ことだったが、なんだかんだ全員が行った。午前中伊勢参りをし、昼食を とって宿に戻る(ここで関口・亀山は帰還)。 残りは本当の自由時間となったが一部遊びに出た人間以外は 宿で昼寝した模様。考えてみればなんだかんだ、疲れはたまっている。

夕食後、翌日の1日の動きを確認するとともに 2回戦で対戦するサンジルシ醸造のミーティング。スコアラーが事前に 集めた情報に加えて1回戦も観戦していたので、全三重クラブよりはチームの 全体像をつかめた。左打者中心で左投手に弱いらしいことは確認。

他方、神奈川に残っていたメンバーのうち、急遽月曜日に来られることになって 呼ばれていた中村が伊勢に向かう。途中、乗るべき電車に乗れないなどの ハプニングはあったものの辛うじて夜9時に近鉄宇治山田駅に到着。月曜日の 試合には監督・スコアラーを含めて13人という少ない人数で臨むことになる。


伊勢参り。
(後列:神藤・金井・井上・栗原・清水)
(中列:西山・喜多・飛弾・関口)
(前列:陽三・亀山・高橋・佐藤・岩永)
選手は、これに中村を加えたメンバーで翌日の試合を戦う。

サンジルシ醸造の試合を見つめるスコアラー。
真剣な眼差し? (20日の試合より)


10月22日(月)

1回戦のときもそうだったが、宿を出るときは帰り支度で出発。土曜日はそれでも また戻ってきて宿泊したが、もうおそらく戻ってこないだろうと、 おかみさんにも丁重に挨拶。

球場到着が9時。第1試合は始まっている。朝から少し雨が降り、予報も雨。 試合開始を早めた模様。大会本部からも「早めに試合を始める可能性がある (シートノックの省略など)」「攻守交代は駆け足で」など言われる。 選手はウォーミングアップをするかたわら、スコアラーが先発メンバー提出と 大会本部とのやりとり、監督が昼食・ジュースの買い出し。マネージャーもいない、 少人数の状態なので仕方ない。第1試合、日本生命がヤマハにサヨナラ勝利。 11時半に我々の試合は始まった。


試合前のひととき。
昨夜到着の中村。監督とともに撮影。

1番に先発投手の西山を入れて指名打者なし、下位打線には本来投手登録の神藤・飛弾・中村を守備に つかせて打順に入れるなど苦しい布陣。しかし2回に清水・井上・喜多・神藤・飛弾が5連打。 打球はおもしろいように内野の間を抜けて3点を先制。それもつかのま、その裏に エラーで招いたピンチからタイムリー・押し出しなどで4点を取られて逆転。 サンジルシ醸造が強いとは感じないが、さすがにこちらにミスが出るとダメだ。 1点ずつ取りあったあと、5回に神藤のタイムリーで同点。5回・6回と西山が 3者凡退に抑えるも6回1死2.3塁、7回無死3塁をものにできず、押しながら勝ち越せない展開。 そして7回裏、2死1.2塁からショート強襲ヒットで勝ち越されたあと、リリーフの 中村が3ランホームランを被弾。8回にも追加点を奪われて終わってみれば コールド負けだった。強がりを言うならば点差が開いたわりには勝負は紙一重 だったと思っている。ただ、紙一重をつかめないあたりはまだ力が足りないのだろうとも思う。

試合終了後、食事も着替えもそこそこに帰還。 電車組(西山・井上・清水・中村・金井・佐藤・喜多・栗原・陽三)と自動車組(飛弾・神藤・高橋・岩永)に 別れる。電車組は倉野屋のバスで伊勢市駅へ。伊勢市駅15:46出発。新横浜駅到着は19時だった。 新横浜駅で藤田まことを発見して少し騒ぐ。そこで解散した(西山は小田原駅下車のため、 名古屋駅から別行動)。


多くの方々のご協力を得て実現した伊勢遠征、この場で感謝の意を表したいと 思います。また、歴史のある社会人野球伊勢大会、その第50回の記念大会に お招きいただき、大会関係者にも感謝の意を表したいと思います。 そして「倉野屋」にも大変お世話になりました。皆々様、ありがとうございました。

以上、伊勢日記はスコアラー・山口陽三がお伝えしました。


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