相模原クラブ「さいきんのニュース」集

「印象深い1日」「負けられない事情」
神奈川県クラブチーム対抗戦、2連覇


2005年11月、我々・相模原クラブは第7回神奈川県クラブチーム対抗戦で優勝を飾りました。 昨年第6回大会で初優勝を飾った我々は、今大会にチャンピオンとして、第1シードとして参加。 県内クラブチーム12チームが参加した同大会で、2年連続の優勝を果たすことができました。
なお、MVPには当チームから坂井孝徳選手が選ばれました。


11月5日(土)

1回戦で横浜金港クラブが小田原フレンドリークラブに勝利。我々の初戦(2回戦)の 相手は横浜金港クラブに決まる。


11月6日(日)

9時に三菱重工横浜グラウンドに集合。第1試合でマルユウベースボールクラブ湘南が 旭中央クラブに逆転勝利した試合を見届ける。第2試合、大会最後の登場という形で 相模原クラブが初戦を迎える。

2005年11月6日 三菱重工横浜グラウンド 2回戦
1 2 3 4 5 6 7
横浜金港クラブ 1 0 1 0 0 0 2 4
相模原クラブ 6 5 1 0 0 0 14×
(7回コールド)

9月の日本選手権予選では敗れている横浜金港クラブに大勝した。

初回に相手先発・藤元を攻め、四球や敵失にも助けられて6点を先制。それでも9月の試合では 藤元から5点を先制しながら逆転負けを喫したので油断はできない。2回にも安打を連ねて5点を追加。 投げては先発・石井が3回2失点とピリッとはしなかったものの4回から登板した長谷部が好投。 4回から7回2死までをパーフェクトに抑える。7回2死から1.2塁として菅澤に2点適時3塁打を 打たれたものの、その裏2死から1.2塁として若林の2点適時2塁打で決着。

県内で堅実な実績を残し、クラブ選手権全国ベスト8にも進出した横浜金港クラブに勝利して準決勝進出。 今季公式戦での横浜金港クラブとの対戦成績を2勝2敗のタイとした。

試合後、第3試合で新規加盟申請中の神奈川BBトリニティーズとマルユウベースボールクラブ湘南の エキシビジョンマッチ。5回終了時3-3、6回表に神奈川BBトリニティーズが1点勝ち越して 雨天コールド。引き分けとなった。


11月12日(土)

前夜から朝にかけて雨。それでも昼には上がるとの予報で、予備日もなかったので大会本部としては 決行したい意向。9時半第1試合開始予定のところを12時にまで繰り下げて、準決勝・決勝の 3試合実施の予定のところを準決勝2試合だけと変更。一連の決定が8時半。ナインには9時半集合から 12時集合に変更の旨、連絡は回ったが、一部の者は出発済みだったりした。

自宅待機から始まった1日は壮絶な、印象深い1日となった。

2005年11月12日 伊勢原球場 準決勝戦
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15
相模原クラブ 0 0 1 5 0 0 0 0 0 0 0 2 0 1 2 11
マルユウベース
ボールクラブ湘南
0 0 0 0 4 0 1 0 1 0 0 2 0 1 0 9
(延長15回。13回から1死満塁のタイブレーク3イニング)

3回に1点を先制すると、4回には相手先発・倉永が審判の辛い判定に苦しんで四球連発し、 効果的に適時打も出て5点を追加。先発の菊地は4回までテンポよく投球し、大量リードを保っていた。 しかし5回裏に安打と四球の無死満塁から2点適時打で失点して川崎にスイッチ。川崎も 満塁からの押し出し四球などもありこの回で6-4とされる。7回には長谷部が1失点、 9回には1死2.3塁の一打逆転サヨナラの場面を迎えて長谷部から新堀にスイッチ。 ここを新堀が犠飛と内野ゴロに抑えてなんとか同点ですませて延長へ。相手の長身左腕・倉永は 4回の連続四球等もあって序盤から球数はかさんでいたが5回以降も続投し見事な立ち直り。 なかなか攻略できず、追加点が取れず延長に入っても投げ続ける。12回表にようやく2死1.2塁から 松良の2点適時3塁打で2点を勝ち越し。ここで倉永が降板、なんと球数は251球を数えていた。 勝負あったかと思ったがその裏、新堀が上野拓・大平・永坂の3連打であっけなく同点。 なおも一転、無死2塁のサヨナラの危機を迎えたがここはなんとかしのいだ。

試合開始時刻が14時50分、球場を借りている時間が20時まで。大会本部の決定で延長13回から 1死満塁のタイブレークが導入された。先攻の我々としては1点でも多くほしいところ、 13回は中軸の打順だったものの若林・溝口が凡退して無得点。13回裏からはコントロールのある 中屋をリリーフに送るも相手の打順は元全日本でもある強打者・藤嶺。敗戦も覚悟したが ここを浅い外飛に抑え、4番・遠藤も打ち取ってこちらも無得点。14回表、下里の 押し出し四球で1点を勝ち越すも岩澤・望月が初球を凡退して1点止まり。またもプレッシャーのかかる 裏の守備につき、いきなり右中間を抜かれるかという大きな当たりを打たれるも 右翼・田山がスーパープレーでこれを捕球。この犠飛による1点に抑えた。 タイブレークの難しさに打撃陣が戸惑って点が思うように取れない展開の中、岩永監督が円陣で 攻め方を徹底させた15回表。坂井の押し出し四球、新井幸の三遊間安打でなんとか2点を もぎとって裏の守備へ。15回裏は中屋が低めの厳しいコースへの変化球で連続三振を 奪って無失点に抑えた。1死満塁のタイブレーク3イニング、すべてサヨナラを背負う絶体絶命の中で 中屋が強靭な精神力で打者6人を無安打に抑えるスーパーリリーフを見せた。 新たなヒーローの誕生である。伊勢大会あたりから日替わり的にヒーローが誕生する。 チーム状態は悪くない。


11月15日(火)

小山昭治氏の訃報の連絡が入る。大洋ホエールズに捕手で入団し、横浜ベイスターズでコーチとして 1998年の日本一にも貢献。横浜ベイスターズ退団後に短い期間だが相模原クラブで コーチとしていろいろ教えていただいたりもしていた。白血病で入院して退院して、 などとなっていたことは知っていたが、こんなにも早く訃報に触れることになるとは...。 享年45歳。ご冥福をお祈りいたします。


11月19日(土)

8時に東芝グラウンド集合。決勝戦である。試合前には古舘主将から「小山さんのことも あるから絶対勝とう」「個人的なことだけど今日が主将として最後の試合になるから」 との言葉(次期主将にはすでに溝口を指名)。選手・監督・マネージャーとも、 亀山マネージャー手作りの喪章(黒リボン)を肩につけて試合に臨んだ。 負けられない事情を含んだ決勝戦である。

2005年11月19日 東芝グラウンド 決勝戦
1 2 3 4 5 6 7 8 9
ウィーンベース
ボールクラブ
0 0 0 0 0 2 0 0 0 2
相模原クラブ 1 0 0 0 0 2 0 6 × 9

試合は序盤から投手戦。初回に2死2塁から若林の適時2塁打で1点を先制。先発の菊地が相手の タイミングをはずし、中盤まで好投。ただし打線も相手先発・草間をとらえきれず追加点が奪えない。 6回表、安打と四球で1死満塁の危機を招くと併殺かと思われた遊ゴロを松良が後逸して逆転を食らう。 さらに次打者のスクイズ成功で1点追加されたと思ったが、打者の足が打席を出たとして 反則行為で3走がアウト。3点目を取られたかと思ったところで失点がなかったことになって アウトまで増えた。これは大きかった。流れを失わずに入ったその裏の攻撃で先頭の若林がソロ本塁打であっさり同点。 さらに無死1.2塁と攻め立てる。これを2死2.3塁と展開して坂井の適時打で勝ち越し。 7・8回の危機を川崎がしのぐと8回裏、打線がつながった。金井・下里らの適時打に加え、 代打で出た主将・古舘にもベンチの歓声に押されて安打が出た。6点を追加して9-2。 最後を長谷部が締めて優勝を果たした。

MVPには決勝戦4打数4安打を記録し、大会通算でも11打数5安打5打点の成績を残した 坂井が選ばれた。


先発の菊地

同点本塁打の若林

「さあ、打つぞ」

試合終了、スタンドにあいさつ


岩永監督(ミーティング風景と胴上げ風景)


古舘主将(ミーティング風景と胴上げ風景)


MVPの坂井


決勝戦を終えてグラウンドをあとにし、それぞれに帰宅したあと18時から相模原市営斎場での 小山氏通夜に参列。プロ野球関係者、少年野球関係者をはじめとしてかなり多くの人数が参列されていた。 あらためて故人の大きさを感じる。そして、優勝の報告ができてよかった。

小山氏のご冥福をお祈りいたします。


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