相模原クラブ「さいきんのニュース」集

2013年球春、平成生まれの春


2013年3月。相模原クラブは、JABA神奈川県大会を、ベスト4の戦績で終えた。 同大会に1次予選が設けられていた時期に「1次予選優勝」を飾った経験はあり、 都市対抗野球2次予選では「本大会まであと1勝」と迫った経験もあるものの、 この大会自体のベスト4は創部以来初。ノーシードで1回戦から勝ち上がり、 ベスト4の他3チームは企業チームであってクラブでは唯一勝ち残ったという点で、 チームにとって意義の大きい大会となった。

そして特別な要素を多く含む大会だった。


ベンチ裏風景

1回戦を16年目のベテラン・新堀の完投で勝利した相模原クラブは、 2回戦の先発に17歳・高校2年生の金井を立てる。 昨年、チームの公式戦通算100勝目を飾った金井は、クラブシード・茅ヶ崎サザンカイツに 打ち込まれるもなんとか5回を投げ切り新堀にスイッチ。打線が試合をひっくり返し連勝となった。

続く3回戦は18歳・高校3年生の望月を先発マウンドに送る。第2シード・マルユウベースボールクラブ湘南に 初回から3点を奪われるものの以後なんとか粘る。5回1死満塁の危機では16歳・高校1年生の 吉川にスイッチ。吉川がここを併殺で乗り切ると、1度は逆転を許すものの再逆転後は 相手に得点を許さずそのまま逃げ切った。


吉川

この吉川の勝利は、日本野球連盟の記録とは言いすぎかもしれないが、神奈川県野球協会内の 公式戦では、最年少勝利投手の記録ではないかとも思われる。なんにせよ、 センバツ甲子園大会に出ている選手たちと同年齢が、社会人野球で勝利をあげたのだ。 地元・神奈川新聞の記者が大会本部に確認に来るも、いあわせた日本野球連盟、神奈川県野球協会、 いずれの関係者も「(勝利投手の年齢まで)記録に残っておらず、不明」の回答。 ただし翌日の神奈川新聞に、記録のことは別としても「16歳吉川が初白星」と 記事が掲載された。


野手の若手についても特筆すべきことがあった。22歳・大学4年生(無事卒業)の河口はこの 大会を最後にチームを離れる。実家の寺を継ぐために4月から高野山での修行に入るためだ。 最後の大会として臨んだこの大会は、負けたら引退の言わば「高校3年夏の大会」。

「河口の最後の試合にするな」

と団結したチームは、最後はJX-ENEOSに完敗して幕を引いたものの、 3連勝で準決勝進出という一定の結果は出した。 敗退後に毎日新聞の取材を受け、後日記事としても紹介された。

大会終了後、壮行を兼ねた昼食会が開催された。


岩永監督(先輩)・河口(後輩)

胴上げ


春うらら、ゆったりと(ゆっとりと?)平成生まれの若き芽が動き出した。 新しい相模原クラブを感じさせる春となった。


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