相模原クラブ「さいきんのニュース」集

長い長い...新潟遠征記


出場

2013年、中日本クラブカップで訪れた新潟県。それ以来、3年ぶりの新潟遠征はある意味で、 2013年から始まっていたのかもしれない。

当時対戦相手として名刺交換をしたファイティングスピリット・斎藤氏。 氏と連絡を取り合うところ、「第7回選抜新潟クラブ野球大会」の出場チームに欠員が出て 代替チームを探しているという事情にぶち当たる。急遽出場の意志を問われるも、 連盟を通していただかないと困ると回答。ただしここからの動きが早かった。 新潟県硬式野球連盟→北信越地区連盟→関東地区連盟→神奈川県野球協会という、 距離以上に人脈的に時間のかかりそうな手続きが小一日で進んだ。 各連盟・協会の承諾を得て、出場が決まった。

決まったら決まったで、新潟マラソンと日程が重なっているとかで宿が取れない。 なかなか苦労した。

10月7日(金)

3年前と違い第1試合ではないので移動は多少楽だった。前日入りの者、当日移動の者。 自動車相乗りの者、新幹線の者、大阪から直行の者...。 前日の仕事が終わって移動を始めた者で午前2時着などはあったが8時まで寝られるならば御の字。

10月8日(土)

9:00に新潟市営鳥屋野野球場集合。8:59新潟駅到着の新幹線で来る市川・守重・梶は 松永が車で迎えに行く。集合すると第1試合がけっこう進んでいる。 天候の懸念があるから早めに始めるとの連絡はあったが、けっこう早かった模様。 しかし降雨も早かった。球場内、濡れないところでウォーミングアップは始めるも、 第1試合5回終了時点で中断。そのまま初日の残りは中止となった。


スタンドでのウォーミングアップ風景

用意された優勝盾や賞品

ここからの大会本部の決定もすばらし(すばや?)かった。 初戦敗退チーム用に用意されていた翌9日の交流戦は中止。 本日の第1試合はサスペンデッドとして翌日続きから再開。 第2・第3試合を7イニング制で実施し、第4試合となる2回戦はナイター設備のある球場に移動して 7イニング制で実施する、ということが発表された。

他チーム在籍時にこの球場を訪れたことがあるという吉岡や松尾には聞いていたが、 なかなかに古い。ただ、ロッカールームが2部屋あって1部屋分でもわりと面積があるのは ありがたかった。まさかこのロッカールームが「最も長くいる場所」になるとは...?


球場外景

球場内通路
レトロなかんじ

球場内に連盟事務室があるのは
なんとも便利

ロッカールーム

明日第2試合となった1回戦に勝ったとして第4試合の2回戦終了後、 時間的に神奈川に帰れるかどうかの話し合い。 その他連絡事項を確認して、旅館での夕食まで自由時間として解散。 多くは「小嶋屋」でへぎそばを堪能。新井は新潟に住む弟と再会。

旅館大倉で夕食。チーム代表者による懇親会がANAクラウンプラザホテル新潟にて 開催されるので、山口は新潟に人脈のある吉岡を連れ出して別行動。 「飛翔の間」で開かれた懇親会は格式も高く連盟のお歴々も多数参加し、びっくり。 ただ、雰囲気はとても和やかで、料理もおいしく、楽しく過ごせた。


昔ながらの雰囲気「旅館大倉」

夕食風景

部屋でのマッサージ風景

懇親会風景

懇親会、常務理事のごあいさつ

距離は遠いが野球界は狭い。こんなところでもシンセリティーの話は出る。 それはよいとして2007年クラブ選手権北信越2次予選、全国大会出場を賭けた富山ベースボールクラブVS 新潟コンマーシャル倶楽部戦の話が出た。富山ベースボールクラブの選手として出場していた吉岡が 新潟コンマーシャル倶楽部の古川コーチと当時の話をし、「満塁ホームランを打たれて負けました」(吉岡)と話したところ、 「それ、打ったの俺!」(古川コーチ)と、すっかり意気投合。気分よくなった古川コーチと、 もともと親交のある静岡硬式野球倶楽部と、2次会に流れ込む。


1試合も消化していないのに飲んだくれて、いいのかこの大会...?

10月9日(日)

旅館大倉様、お世話になりました。7:30に旅館をあとにして8:00に球場到着。仕切り直し。

しかし新潟は今日も雨。8:30開始予定の第1試合(サスペンデッドの続き)は11:00までは始まらない とのこと。球場を移動して第4試合と言われていた2回戦は明日に順延され、明日は2回戦と準決勝戦を行い、 決勝戦を行わず2チーム優勝とする、と発表された。 時間ができたこともあり、今度はチーム運営のミーティングをロッカールームにて。 ようやく終わって「この大会、ここ(ロッカールーム)にいる時間、すごく長いよね」 「まだ1試合もやってないのにコミュニケーション、はんぱない」と冗談。

グラウンド整備のお手伝いを経て第2試合にて1回戦。早い者は金曜日の夜の新潟入りから40時間、 ようやく日曜日の午後、初戦を迎えた。


水取り風景

中央大学談義

さあ、スイッチオン!

キャッチボール風景

ベンチ前風景

2016年10月9日 新潟市営鳥屋野野球場 1回戦
1 2 3 4 5 6 7
相模原クラブ 0 0 5 5 1 0 1 12
いわき菊田クラブ 0 0 0 0 0 0 0 0
(7回コールド)

攻めては3回に敵失に乗じて先制し、4回にも追加点。河野が5打点の活躍。 投げては新堀・小林豊が無四球リレー。初戦を突破した。

この大会は本塁打賞・三塁打賞も用意されており、なぜかこの試合は二塁打賞まで。 また、両チームから特別賞も選出され、勝利投手の新堀が受賞した。


三塁打賞の河野

河口生還

電光掲示は打者名だけ表示

新潟出身の元部員・登石氏も駆けつけ、差し入れをいただいた。ありがとうございます。 「幸大さんも新堀さんもまだ元気ですね」。

試合終了後、またロッカールーム。神奈川に帰る部員は帰る準備を、残る部員は宿を探すも 意外とない。新潟マラソンは今日終わったはずだが泊まっていく面々が多いのか。 手分けして探して、燕三条駅近くのビジネスホテルを抑えられた。かくして、解散&移動。

10月10日(月)

6:00前には起床。6:30に新潟市白根(しろね)野球場集合。聞いたことのない球場なのは驚くことでもないが、 新しいということも一因だった模様。3年前にできたばかりと言う。行ってみるとなるほど きれいな球場であるが周囲が田んぼで何もないようなところにドン!と球場を造ってしまう という決断もすごい。

それにしても今回わかったことだが新潟市内に硬式野球ができる球場として、プロ野球もできるハードオフ・エコスタジアム新潟、 老朽化こそすれアマチュア野球のメインと位置付けられる鳥屋野野球場、今大会のもう一つの 会場とされている新潟市みどりと森の運動公園野球場、そして今回来た白根野球場に、 昨日球場を移動してのダブルヘッダーで行っていたかもしれない城山(じょうやま)運動公園野球場がある。 まだあるかもしれない。 新潟市の規模がイメージできないものの例えば同じく政令指定都市の横浜市では(人口は多かろうが) 横浜スタジアム・保土ヶ谷球場・俣野公園野球場・瀬谷本郷公園野球場、 相模原市では相模原球場・相模湖林間公園野球場しか大人の 硬式野球ができる設備がないことを考えると、なかなかの数である。ただ、いくつか複雑な事情も入り組んでおり、 白根野球場は旧白根市、城山は旧巻町、みどりと森は旧黒埼町。合併前の旧市内であれば果たして どれだけの球場数だったのか。また、ハードオフは2009年、みどりと森は2011年、白根が2013年の開場。 市町村合併で市域が広がったことと、どういう理由か立て続けに球場を造ったこととでこれだけの 設備を持つ政令指定都市となったわけで、元来潤沢な設備を持っていたというわけでもなさそうだ。

球場巡りマニアのひとりごとはそれくらいにして...。



白根野球場の外景と内部の通路
鳥屋野と比べるとモダン感もある


試合前風景。ブルペンに走る先発バッテリーと、ベンチ前円陣

2016年10月10日 新潟市白根野球場 2回戦
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
相模原クラブ 0 0 0 0 0 6 0 0 0 0 6
新潟コンマーシャル倶楽部 0 1 4 0 0 1 0 0 0
(延長10回サヨナラ。10回からタイブレーク)

23人の遠征メンバーから日曜日までで8人が帰ってしまい、一転、厳しい人数構成に。 これまた現代的な事情が大きく影響した。 「Happy Monday」月曜日に祝日が多く設定されることで3連休が増えるのはよいが 一方で大学は文部科学省より半期15回の授業を義務付けられており、安易に月曜日ばかり 休講にできない。祝日の月曜日は授業を開講する大学が多い。そこにもってきて さいきんの大学生はよく大学に行く。IT化が進んで出席もIT管理され「代返」の文化は廃れた模様。 学生側も安易に休めない。8人が帰ったが社会人は2人だけ。残りは学生が帰ってしまった。

試合は連投となる新堀が自らのミスもあり苦心の投球で4回までで降板。 劣勢に立たされたが6回表に打線がつながり、6点をあげて逆転。すぐに追いつかれるも 終盤は押し気味。しかし7回無死満塁を併殺、8回2死2塁と9回1死1塁を本塁憤死で逃し 続けるとタイブレークとなった10回表に再び併殺で無得点。100年の伝統を誇る相手の堅い守備を破れず、 サヨナラ犠飛を打たれて惜敗した。

敗戦投手ながら3番指名打者からのリリーフで力投した松尾に特別賞が与えられた。


試合終了をもって今年度の公式戦を終了。個々に帰路につくも、3連休の上り高速道路は渋滞。 疲れの残る新潟遠征となった。...と思いきや、写真は疲れてなさそうだな。



クラブ選手権県予選、関東クラブ県予選といずれも初戦敗退に終わった今年は、 最後の公式戦も課題を与えられて終わった試合となってしまいました。 この経験を生かし、来年に向かって再出発したいと思います。

以上、遠征記まで長い文章となった新潟遠征記は山口陽三がお伝えしました。


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