相模原クラブ「つぶやき」集

都市対抗優勝チームに大敗
全日本主将に勝負を挑んだ無能

(相模原クラブ・山口陽三)

平成12年に行われた第71回都市対抗野球大会は、川崎市代表の三菱自動車川崎の 初優勝で幕を閉じた。賛否両論はあるにせよ「世界に通ずる攻撃野球」をテーマにしたチームが、 まさにそのまま自分たちの野球を展開して勝ち取った優勝と言えるだろう。 簡単にその戦績をたどる。

神奈川予選1回戦 6月10日 ○三菱自動車川崎 5-1 横浜球友クラブ●
神奈川予選2回戦 6月14日 ●三菱自動車川崎 6-11 いすゞ自動車○
神奈川予選敗者復活1回戦 6月19日 ○三菱自動車川崎 15-0 相模原クラブ●(5回コールド)
神奈川予選敗者復活2回戦 6月21日 ○三菱自動車川崎 13-3 東芝●(7回コールド)
神奈川予選敗者復活3回戦
(第3代表決定戦)
6月22日 ○三菱自動車川崎 16-4 いすゞ自動車●(8回コールド)
本選1回戦 7月23日 ○三菱自動車川崎 5-2 王子製紙苫小牧●
本選2回戦 7月29日 ○三菱自動車川崎 7×-6 富士重工業●(9回サヨナラ)
本選3回戦 7月31日 ○三菱自動車川崎 6-5 三菱重工長崎●
本選準決勝戦 8月1日 ○三菱自動車川崎 20-6 住友金属鹿島●(7回コールド)
本選決勝戦 8月2日 ○三菱自動車川崎 9-3 大阪ガス●

神奈川予選1回戦で横浜球友クラブのエース・樋口哲夫(神奈川工科大出身)に調子を狂わされた 三菱川崎は、2回戦のいすゞ自動車戦で徳丸哲史(明治大出身)が初回に5失点。 これが結局重く響いていすゞ自動車の岩渕秀和(専修大出身)-中窪望(桜井商高出身) のリレーに逃げ切られ、敗者復活戦にまわることとなった。しかし敗者復活1回戦で クラブチームに大勝すると打棒復活。2回戦で前年度都市対抗優勝チーム・東芝にコールド勝ち。 第3代表決定戦となった敗者復活3回戦では、トーナメント本戦で敗退したいすゞ自動車と 対戦し、中窪・岩渕に5本塁打を浴びせて仕返しの大勝。見事に都市対抗 出場権を獲得した。

さらに本戦では、2回戦で点を取り合った末、梶山義彦(静岡高出身)のサヨナラ 安打で勝利。3回戦では2-5とリードされた8回裏、シドニーオリンピックの代表でも あり、松坂大輔(横浜高→西武ライオンズ)と甲子園で投げあった杉内俊哉(鹿児島実業高出身) から斉藤秋博(徳山大出身)の3ランと渡部英紀(東海大→三菱重工横浜、今回は 補強選手)のソロで逆転。 土壇場で杉内をKOして勝った。準決勝戦では4回に13点を奪うなど打線爆発で コールド勝ち。決勝戦でも打線が序盤から得点を重ね、今やエース格となった 佐藤大士(中央学院高出身)の好投で9-3と勝った。


さて筆者・山口陽三であるが、相模原クラブに所属するメンバーの一人で年齢は25才。 入部してまだ1年足らずである。相模原クラブは、 前に少し紹介したように三菱川崎と都市対抗神奈川予選で対戦し、大敗しているチームである。 筆者は公立の高校、国立の大学で野球を続けてきて現在に至るが、所属した 学校は特に野球の強い学校でもなかったし、筆者自身もその中で特に目立つ実績も 挙げていない。またどちらかと言えば、野球の技術面よりもスコアをつける こと、分析すること、戦術を考えることといった方面に興味がある人間であり、 今も相模原クラブでスコアラーという立場をとっている。

神奈川予選1回戦で住友電工横浜に勝った我々は6月14日、2回戦で日産自動車に 敗れて敗者復活戦にまわることになる。その直後に行われた試合で三菱川崎が いすゞ自動車に敗れるわけだが、この試合を筆者はチームのメンバー数人と、 7回まで見た(8-4でいすゞ自動車リード)。そのあと、チームの岩永一志監督 (東海大出身)とその奥様、エースで筆者と大学の同期でもある下里友則(東京農工大出身、 以後「シモ」)、 そして筆者の4人で夕食をとり、夕食後に筆者とシモは岩永夫妻と別れた。帰り道、筆者はシモに 一つの提案を行う。「今度の三菱川崎との試合、ピンチで4番の西郷を迎えたら 敬遠して梶山と勝負しないか。梶山は今日の試合でタイミングがあっていなくて 調子が悪そうだし、あの梶山が前の打者を敬遠されてクラブチームのピッチャーに 打ち取られるようなことがあれば相手の雰囲気も悪くなるのでは」これをすべて 確実に伝えたかは自信がないが、筆者はそういう考えを持っていた。

(梶山とは梶山義彦で、シドニーオリンピックの全日本メンバー。昨年のオリンピック 予選では全日本チームの主将も務めている。韓国戦でライトでまずい守備をしていた 選手と言えば覚えている方もいるだろう。西郷とは日本学園高校出身の西郷泰之。 アトランタオリンピックで全日本チームの2番を打っていたという。 結果的にこの都市対抗の橋戸賞を獲得することになる、力と技と勝負強さを備えた、 打撃に関して鬼のような打者。ちなみにいすゞ自動車戦で梶山は3三振を含め4打数無安打。 今春の県大会から彼らを見始めた筆者の判断は、これは反論があろうことを 覚悟で書くが「西郷は本当にすごい、鬼のような打者。梶山は全日本に選ばれるなど、 すごい部分はあるのかもしれないが、あくまで "普通程度にすごい" くらいの打者」 とのことだった)

しかしシモは「そうは言っても全日本キャプテンだぜ。調子悪いとは言っても 打つだろう」と答え、まあその件についてはちゃんとした結論は出ないまま 話が終わった。

迎えた6月19日の敗者復活1回戦、図らずも筆者の想定した場面は初回に訪れた。 1回表に我々が1死3塁の好機を逃すとその裏三菱川崎は先頭の西澤祐介(法政大出身) の先頭打者ホームランで先制。なおも1死2塁として4番の西郷を迎えた。 ここでマウンドのシモが、数日前の筆者の言葉を覚えていたかはわからないが、 ベンチの筆者としてはできれば歩かせてほしい。結局シモは、勝負に行ったと 見えたが最終的には西郷に四球を与え、1死1.2塁として、筆者としては予定通りの 状況で5番の梶山を迎えた。ボール、ボール、ストライクのカウント1-2から 梶山はストライクの変化球を見逃してカウント2-2。そしてシモが勝負に行った 球は、ベンチからコースはわかりにくいが多分内角寄りの低目へ落ちていく変化球。 選んだ勝負球として悪くないだろう。その球を梶山がバットに乗せて手首を返す。 打球が打ち返された瞬間、大方の結果の予測はついた。そしてその予測が当たらない ことを頭の中で願う時間も多少なりともあったと思う。長い滞空時間の末、 飛球は横浜スタジアムのライトスタンドに落ちた。いすゞ自動車戦では半分悲鳴の ようにも聞こえた、応援団の "梶山コール" だったが、ようやく梶山が 期待に答え、一塁側ベンチの筆者から正面に見える応援団がうれしそうに踊り続ける。 3ランホームランとなって初回で4失点。結局このあとシモが2回を無失点に抑えたものの 3回に単打を集められてKO。後続の投手も失点を重ねて0-15の5回コールド負けを喫した。


もちろんそれ以前の問題であるという指摘があろうことは重々承知している。 仮に梶山の打球がライトフライだったとしても、もっと欲張ってセカンドゴロ ゲッツーだったとしても我々はそれなりの点差をつけられて三菱川崎に敗れる 結果となっただろう。また、いくら梶山の調子が悪いの、シモの配球が悪く なかったのと言っても、所詮いすゞ自動車投手陣と我々の投手陣とでは比較に ならないという指摘ももっともだろう。そういった指摘があろうことを踏まえたうえでも、 強がりや言い訳を含めてよいならば、筆者としては言いたいことはかなり多くある。 しかしここであえて言わないでおこうと思う。また「西郷敬遠、梶山勝負」の選択が 妥当だったか否かの筆者なりの結論も用意はできている。しかしそれも言わないで おこうと思う。結局残った事実は梶山の飛球がライトスタンドに落ちたということである。 簡単な言葉で言ってしまえば「悔しい」が適当ではある。しかし、予想される指摘の ように、筆者自身の考え方がまだそこまでのレベルに達していないことが言えてしまうとも感じる。 大学での野球に6年間携わったあとに、社会人野球に携わるようになってからまだたった1年である。 なおかつ全国レベルの企業チームと対戦するのは筆者個人としてはこの都市対抗予選が初めてである。 結果から言えば、筆者の考え方が相当に甘かったことを痛切に感じさせられる一件と なってしまった。

それでも試合前に、試合中に、そして試合後にこうしていろいろ考えることが あり、それぞれの場面でいろいろな考え方をしたことは、野球人生がまだ これから続くと思っている筆者にとっては有意義だったように思う。そして 考える上での一つの尺度を与えてくれた三菱自動車川崎というチームとの対戦、 筆者の初めての都市対抗予選はいろいろな思いをこめていろいろな経験を 得て終わった。次は無能な結果にしないよう、精進したい。


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