相模原クラブ「つぶやき」集


(相模原クラブ・古舘智治)

社会人野球で10年自分自身本当に早い10年だった。 入部したての時は、漠然と今の若い選手もいると 思うが、まだ硬式で野球がやりたいと思い、 相模原クラブに入部した。 今の若い選手と違い、入部したてのころはチームとしての 目標も確立されておらず、2年目位まではただチームの練習に 参加して終わればすぐ帰るというぐらいのものでしかなかった。 やはり、4年目にクラブ選手権に準優勝し、南関東大会に初出場 したときから、クラブチームで野球をやる喜びを知ったと思う。 5年目に入り、自分がチームのキャプテンになった。 今までちょっといいかげんな所があり、前主将のビンさんにも迷惑 かけてた自分がチームのまとめ役になるわけだから自分自身 変わらなければと心に思ったのを覚えている。 最初はビンさんに聞きながらも試行錯誤して、今よりももっと 若いチームをまとめていけるかを考えた。

そんな自分的には大変だった主将1年目の時に、(今回)同じ10年を迎えた 親友でもある幸大が軟式野球にのめりこみ、クラブの方へ 顔をみせなくなった。友人としてだけでなく、チームとしても 幸大がいなくなれば、かなりの痛手だったし(当時はすごい 1番バッターだった)なによりも本気になれる野球を一緒に やりたかった。 飲みながら幸大に説教したことをよく覚えている。 そんな幸大も酒が入れば今じゃ若い選手に説教してるのが 俺からしてみればおもしろい光景にうつる。 やめなくてよかっただろう!俺に感謝しろ。


話はとんでしまったが、キャプテン1年目は都市対抗に勝ったり、 2年目、3年目では春、日本選手権、伊勢大会と大会では勝利を おさめることができた。しかしながらことクラブ選手権に おいてだけは勝つことが出来ず自分自身でも目標にしてきたし チームの方向性にもクラブ選手権で勝とうという目標ができて いたので勝てなかった時の責任をその当時すごい感じていた。 去年、自分自身キャプテン最後の年と思い、この1年にかけよう! と意気込み、最後の1年絶対にクラブ選手権で勝って南関東に 出るんだと心に決めその年をスタートした。 しかしながら、監督が来れない状況にあり、ビンさん陽三さんと自分を中心に 選手だけでほぼ活動する1年になった。 やはり最終的にチームはまとまらず、いろんな意見が飛び交う中、 特にビンさんは大変な1年だったと思う。 自分的にもその年はかなりテンパッてあるときの飲み会で下さん、 菊地さんと衝突したときがあった。(下さんは酔っ払って覚えて ないとおもうけど)いまから思えば野球のことで言い合える仲間が いるということはすばらしいことだと思う。(下さん覚えてないから いいけど菊地さんごめんね。)

とうとう来たクラブ選手権はオール川崎に破れ、自分自身ふがいない 成績に終わった。 その時、自分と向き合い、自分が今までやってきたキャプテンの5年間は いったいなんだったんだろうと。 こんな結果をだせず、チームをまとめることができなかったキャプテンだが

と言ったとき、みんな了承してくれたのが本当にうれしかった。 その時に、自分自身だけでなくこのチームで南関東に行くんだ! そして、付いて来てくれる若い奴らに南関東に行ける喜びを 味あわさせてあげたいとおもった。 今年に入り、監督も戻ってきて、クラブ発足、10年目がスタートした。 春は企業との対戦でもあり、自分たちの公式戦での力を確認することが 出来るには少しとぼしかった。 いよいよクラブ選手権(都市対抗1次予選)が始まった。 1回戦を順当に勝ち、昨年この大会で負けたオール川崎が2回戦の相手だった。 みんな闘志がみなぎっていた。 苦手としていた石渡さんを攻略し、やっとオール川崎に勝ち、 もうひとつ勝てば南関東という準決勝まで辿り着いた。 準決勝の相手は今まで苦渋をきしてきた球友クラブだった。 当日、みんな気合十分だった。 試合に入り、その気合が裏目になってしまった。 相手のフォアボールに助けられリードを保ち、 最終回、相手の攻撃でピンチの中、抜ければ逆転の状況で、 ショート、クリががっちりとグローブに抱えゲームセットになった。 まるで全国優勝したかのようにマウンド上に集まり、(下さんごめんね) 最後をしめくくったボリがキャッチャーに行く前にファーストの 俺に抱きついてくれたことが本当にうれしかった。 ありがとー!ぼり。

また話は飛ぶが、決めたこの試合の最後に上っている ピッチャー新堀琢磨でよかった。 みんなも知っているけど、死と彷徨いながらきつい リハビリにも耐え、病院にお見舞いに行き差し入れに 買ってきたケーキを太るからと食わなかったボリ、 まさかおれの節目であるときにお前がマウンドにいるなんて。 神様はしっかりと見ているとおもった。 俺も普通に野球が出来ているというのは すばらしいことだと再確認した時だった。

試合終了!マウンド付近でみんなと抱き合い歓喜した後、 ベンチ裏のロッカールームで思わず一人泣きしてしまった。 今までの6年間、目標にしてきたこの勝利、みんなの気持ち さまざまなことが脳裏に浮かんだ。 試合終了後のミーティングでとっさにでた 「みんなありがとう!」 という言葉はとっさにでたしホントに 感謝の気持ちで一杯だった。 勝って泣きたいと思っていたが、歓喜あまって泣いて いるのが俺一人だったのでちょっとテレくさかった。

証拠写真

最初に抱きついたのが新堀・古舘。ショートライナーをつかんだ
クリがマウンドに寄るころには抱きつき始めている。
確かにシモはそっちのけ...?。(しかし望月(ベンチ発)も速い)


自分の理想と向き合う飛弾、新堀
チームの為に徹してくれるモッチー、山ちゃん
出る機会が少なくなったけど将来性のある、6、岩澤
いつも入ってきたばかりの奴に声をかけるマウンド上では小心者、神藤
次期、キャプテンと期待しながらいろんな面でサポート してくれる白石、ヤス
次期キャプテン溝口
次期副キャプテン田山。(ヤスもだよ)
様々な面でサポートしてくれた陽三さん
ビンさん、下さん、菊地さん。

本当にありがとうございました。 これでやめるような感じですけどしぶとくやめないっすよ。
そして名前が上がんないみんなにも本当に感謝してるよ。

いま、新しいチームの目標が出来て、全国に行こう! とチームが動き始めた所だ。
志を持てば必ず道は開ける!!

新たにパパになる幸大
家庭と両立しみんなのご意見番になり全国に行こう! きっと幸大似の女の子が生まれて来るよ。

最後にお世話になった岩永監督、関口さん、 オーナー代表夫妻、(義理父母)
野球に大いなる寛大な気持ちでいてくれた自分の両親!!!

そして、最愛の自分の家族! 静江、大智、柊治
パパは野球ばっか行ってごめんね。

大智、柊治!
男には時として家庭より大事なものがある。
お前たちの成長をパパは願ってるよ。


10年表彰というより、 古舘としての感想になってしまった。 泣かせる文はまたにします。

新しくもあり、いままでのままの相模原クラブに幸、おおかれ!!!!!

みんなでまたガンバロウ!


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