相模原クラブ「つぶやき」集

4年目の春
(相模原クラブ・松永大輝)

(山口陽三編集)


2013年4月30日。4年目にして初めてクラブ選手権神奈川県予選決勝で歓喜の瞬間を味わうことが出来た。

そこから遡る事3年前。相模原クラブに入部して初めてのクラブ選手権。ベンチでこの人たち凄いなぁって感じで試合を見ていた。 正直、この大会の価値とかは全くわからなかった。 大会終了後のミーティングで「社会人野球は自分が辞めない限り終わらない。また来年あるからそれに向けてしっかり取り組んでいこう。」 みたいなことを聞いた覚えがある。高校卒業してあまり日が経っていなかったので、来年もあるのかという軽い感じで受け止めていた。


外野手として試合出場した2011年には、松永は3割をマーク

昨年、3年目を迎えた私は初めてあの言葉の意味が分かった気がした。2年目までは大会での出場は少なかったが、 翌年から外野から捕手に転向し試合に出場する機会も増え、初めてクラブ選手権をスタメンで使っていただいた。 しかし、捕手としての大会の経験が少なく、試合前は全身に力が入らず今までにない不安ばかりの緊張感を味わった。 初回に相手に先制されると、どうしていいか分からず頭が真っ白になり何も出来なくなった。 捕手がこのような状況だとチームに流れも来ず、雰囲気もいまいちのまま逆転できず、試合が終わり初戦敗退となった。 試合後野口さんの涙を見て、試合に出る以上何かしらで貢献し来年は絶対南関東に出てやろうと思い、活動に出て経験を積んだ。


2013年。 初戦はWIEN・BBC。私はちょうど就職活動の最中で、この日に企業の選考があったが、なんせこの大会のために活動してきた訳で、 去年の屈辱を晴らしたいと思い縁がなかったということでキャンセルした。 試合前、初戦ということもあり多少は緊張した。しかし、昨年のような不安ばかりの緊張感ではなかった。 昨年から試合に出してもらっていることもあり、自分の中で余裕があったし、グラウンドに立つとワクワク感もあった。 そして乱打戦を制し勝つことができ、初戦を突破したことにホッとした。

次の試合は2013年のベストゲームに選ばれた準決勝の試合を振り返ってみる。
相手は高校の後輩がいる横浜金港クラブだ。勝てば南関東進出で最大の山場だった。 後輩がいる前で下手な真似は出来ないと思い、いつも以上に気合が入ったし、格上の相手を倒すのが楽しみだった。 この日の先発は新堀さんで初回の先頭に死球を与え、牽制でランナーが飛び出したがミスで三塁までいかれたが、 新堀さんにこのランナーは還っても仕様がないから、後続をしっかり抑えていきましょう的なことを言ったら、 1点は取られたものの後続を抑え最小失点で凌いでくれた。 先制されてもチーム内の雰囲気がよく流れは向こう側に行きかけていたが食い止めることが出来たと思う。 その後私は一打席目で今大会初ヒットがでたので気分が良かった。

新堀さんはこの日変化球はいまいちだったが、ストレートがいつもよりきていて、たまに動きながらストライクゾーンに来ていたので、 ストレート軸にして打たせて取るのと右打者の外側左打者の内側の球がよかったのでそれを使っていく事を話したら、 初回を除く6回までピンチを迎えることなく、テンポもいいしとても守りやすい完璧な投球だった。 7回表に味方が同点に追いついてくれた直後の裏の先頭にインハイを打たれ二塁打を浴びた。 打たれた瞬間は焦った。終盤で大事な局面だったのでここでタイムをかけた。 昨年だったら自らタイムをかけず吉岡さんらに言われてやっていただろう。 要所で間合いをとったりすることは昨年の自分よりかはマシになった。ここで投手が智さんに代わった。 調子は良い方ではなかったが、とにかく1点も取られてはいけない場面だったので、智さんはわかっているけど低め徹底の話をした。 丁寧に低目に投げこの回を凌ぐことができた。その後も淡々と抑えて、9回表の攻撃。 ヒットと四球で1・2塁になり私の打席になった。やることは唯一つ。バントだ。 監督からサインが出る前に呼ばれ、100%バントだと言われ、待ってましたと思った。 打席に入る前に後輩からの野次が聞こえたが、バントがしたくて堪らない 状況だったので気にもしなかった。 初球で決めることが出来、その後勝ち越しに成功した。その裏智さんがあっさり三者凡退で抑え、入部してから初めて南関東大会の出場を決めることが出来た。 試合後初めて味わう嬉しさがあった。また来年もあるのではなく、

毎年この喜びのために1年間やっていく

ということを経験した。

その3時間半後に決勝が行なわれた。先発は北浦で、クラブでの初登板だった。 初回はさすがに緊張からか制球が定まらなかったが、何も気にせずどんどんストライクを投げていこうみたいなことを話したと思う。 そうしたら開き直って、球威も増してきたし安定してきた。 最後も疲れながらも何とか粘り代わりの投手がいないなか完投してくれて4-3で優勝できた。


優勝カップを掲げて。左端が松永。右端が北浦。


2014年はクラブ選手権予選の連覇を狙うことができる。 しかし、私は今学生なので活動に来る時間を確保できていたが2014年春からは就職することになるため時間の確保が難しくなる。 ましてや配属先もわからない。配属が神奈川県近辺だったら練習時間も減ることにはなるけど、 やることは変わらずクラブ選手権に向けて準備していく。 ここからが本当の社会人野球が始まると思う。


2013年、チームは年間で最も重要な大会であるクラブ選手権で、神奈川県予選優勝、 全国大会出場にはあと1勝という結果になった。この戦績の評価自体は他に譲るとしても、 レギュラー捕手として5試合(県予選3試合、南関東予選2試合)を戦い抜いたのが 若干21歳の4年目、捕手2年目の松永だったという事実に非常に意味があると感じた。

それでは彼が県内ナンバーワン捕手かと言えば自チームにも他チームにもその評価はなかろう。 大学での実績が豊富だったり、県内表彰を受けた他チームのレギュラー捕手と比べても正直見劣りする。 30歳代も多く平均年齢が26歳に近づく自チームにおいてもまだまだ頼りなさも 見え隠れする存在ではある。

チームはレギュラー捕手が退団した2012年、確かに苦しい戦いを余儀なくされ、 クラブ選手権では神奈川県予選初戦敗退に甘んじた。主力選手が抜けたおかげで 勝てなくなったということであれば話は非常に単純であるが、1年後になぜ優勝できたのか。 ここを振り返ることに、クラブチームとしてのあり方を考える 価値があるように思い、執筆をお願いした。

余談だが2013年年始にも彼に別の視点での文章をお願いしたが、 内容を見て掲載を見合わせた経緯があった。文章表現力の成長も見せてくれた1年を経て、 一人の若者が社会人のスタートラインに立った。

(山口陽三・編)


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